次の音は、思わぬところに埋まっている。

思い出したように更新したりしなかったり。

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努力が目的になってどうする。 

※このエントリは主に自分に向けて書いたものです。

なんかすごく力んで生きている人がいる。しかも、単に力が入ってるだけで、その実何を集中的にやっているということもない。何かしなきゃならないんじゃないかという当てのない焦りだけで、現状を変えたいけど、具体的に何ができるということもなく、疲弊している。

力を抜きゃいいんだけど、抜いたら何か駄目になりそうで、抜けないような、そういう人。実際には変に肩肘張ってるほうが駄目なんだろうけど、それをあまり信じられない。頑張って生きなきゃ駄目なような気がしていて、疲れる。これはもったいない。

目標を見つけること、努力をすること、頑張ること、それ自身が目標になってしまっているため、なにをどうしたらいいのかはわからない。わからないから不安になる。不安になるから努力しようとする。でもその努力は、どこにも向けられない。空費するだけ。具体的にこうしたいとかこうなりたいとか、そういうものがないから、そのためにすべきことをする、ということもできない。

疲弊すると、好奇心が縮む。慢性的な疲弊は特に、無性に気になるという好奇心を失わせる。だからどんなことにもあまり興味がもてず、余計に目指す方向がなくなる。それだからといって無理に興味を持とうとしても、その対象がちょっとした時間つぶしになったとして、深く関わりたいものにはならない。まして極めたいという方向には進まない。

極めることは、無性に気になるとかとにかく好きだとか、なんらかの動機がないとできないから。しかも、最初は得てしてうまく行かないため、初期で挫折しやすい。ある一線を越えるまでには、それなりの努力が必要だから、疲弊している人(または興味のない人)にとってはその一線を越えることが非常に苦痛になる。そのうち、そんな苦痛を伴ってでもやりたいことなのかと疑問を持ち、放棄する。努力をする方向は、また一つ失われる。


もちろん疲弊が起こる理由は、力むことだけじゃない。社会的に不安定な身分だと、明日の生活も危ういような状態だと、それだけで疲弊し、エクストラの人生を楽しむ余裕なんて生まれない。

とりあえず何不自由ない生活をしていられる人も、明日のご飯がやばい人も、同じように疲弊する(後者のほうが圧倒的に根深い問題ではあるけど)。場合によっては、将来の不安定さを先取りして不安になって、明日のご飯がやばいことを想像し、そうならないためにどうすればいいかを、これまた抽象的に悩んで、疲弊する。で、ちょっとした好奇心で動こうとしても、こんなことしてたら将来のご飯が、と自己ストップをかけ、疲弊する。

こうやって生じた好奇心の損失、それに伴う行動力の損失は、ヤバい。余裕綽々で何もしないでだらだら生きてるだけ、というのも害とはいえ、全くもって余裕をもてない(自分で余裕をつぶす)という状態も、害だ。

とりあえず肩の力を抜く。話はそれからだ。

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